選手列伝

第7回選手列伝 伊藤新太

2017/06/10

11月1日、チリで行われたパンナムカップに出場した伊藤新太(日進支部、183センチ、77キロ、23歳)。
首都圏や8大都市以外の地域の若者は、どんな環境のなかで、どのように空道に取り組んでいるのか?
帰国の際、サンチアゴ空港(チリ)で搭乗を待つ間、話を聞き、8000キロ飛んだ後、トランジットのダラス空港(アメリカ)で、再びレコーダーを向けた。

パンナムカップでは、初戦で敗戦。海外の選手ならではの猛突進&ラッシュに飲み込まれてしまった(写真左が伊藤)

――-260クラスで2年連続全日本ベスト4(2014年は準優勝した渡部の絞めで一本負け、2015年は優勝した山田壮に判定負け)に進出している伊藤選手ですが、空道は、いつ、どうしてはじめたのですか?

伊藤大谷高校に入学するとともに始めました。小3から野球を始めて外野手をしていたんですが、小学校低学年の頃からK-1やPRIDEは観ていて、中学生になったときにキックボクシングをやろうかな、と思ったんですけど、野球を続けちゃったんで時間をつくれなくて。高校受験のとき、自分の学力に合う選択肢を選ぶ中で、担任の先生と相談して受験を考えている高校に足を運ぶことになっていて、大谷高校に行った際、「何か部活を体験しろ」って先生に言われて〝空道部〟をみて「なんだコレ?」ってなって、中3で空道部に体験入門したんです。基本稽古をかたちだけやって、ミットは「こういう感じだよ」と先輩にアドバイスをもらいながら打って、組手は「一方的に殴っていいよ」ってかんじで。

――で〝これだ!〟と。

伊藤そうです。

――大谷高校の練習はどういった内容で?

伊藤部活なので、体力的に追い込む練習が多いです。タイヤ押しとか、ミット蹴りとか。サーキットトレーニング的な。回していくメニューです。

――高校3年間の成績は?

伊藤西日本地区の大会で、黄色帯の部優勝とか、あとは覚えてないです。今は高校生も顔面ありでU19の大会がありますけど、当時は顔面突きなしルールで、高校生の大会もなくて、一般部での成績です。

――高校卒業後は就職を?

伊藤自動車メーカーの下請けの工場です。ライン作業です。

――体力的には疲れるのでは?

伊藤部署によって違います。自分の部署はそんなでもないです。

――でも、立ち仕事ですよね?

伊藤ええ、ずっと立ってます。

――では、疲れるのでは?

伊藤いや~、慣れてしまえば。

――勤務時間は?

伊藤昼勤が朝8時半から夕方5時半が定時で、夜勤が夜10時から朝の7時までです。

――工場は24時間稼働している?

伊藤ほぼそうですね。定時に加えて、次の勤務の人が来るまで、残業をやれるようになっているので。ラインが止まっている時間は数時間だけです。

――何を作っているのですか?

伊藤トヨタをはじめ、他の会社のも含めて、マニュアルでなくオートマのミッションをつくっています。

――それは工業的な知識が必要な作業?

伊藤いや。特に知識がなくても職場に入ってから覚えられます。それほど、専門的な知識がなくても作業は出来ますから。

――トヨタ専門の下請けではないんですね。

伊藤そうなんです。メインはトヨタですけど。

――豊田市の周辺って、みんなトヨタの仕事なのかと思っていました。

伊藤全部トヨタってわけじゃないです。

――でも、街全体が自動車産業?

伊藤そうです。高卒で大学に進学しないヤツの8割は、自動車関係の仕事に就きます。

――では、就職口はいっぱいあって、就職に苦労することはない?

伊藤拘らなければ、就職できないことはないですね。

――高校卒業後、そのまま稽古は継続できたのですか?

伊藤最初は仕事で疲れ果てて、半年くらいは月に1回稽古に行く程度でした。

――やっぱりそうなりますよねぇ…。そこからどんな風に持ち直しを?

伊藤忙しい時期とそうでもない時期があり、部署によっても、忙しい部署、そうでもない部署があるので、やれるときはやれるようになって。

――自動車が売れる時期、売れない時期がある?

伊藤そういう面もありますし、新しく始まったラインだと、数年経って落ち着くまではメチャメチャ忙しいんです。

――今、高校を卒業して何年目?

伊藤5年目です。今でも、夜勤の週だと、仕事前ギリギリまで寝てないと無理なんで、道場に行けるのは土日だけです。試合が近い時期は、土曜にOBとして大谷高校の稽古に出ますが。

――じゃあ、休みの日はゼロ?

伊藤休みはないです(苦笑)。練習を休みじゃないと思えば、そうです。

――日勤の日は夜、稽古できるんですか?

伊藤ただ、忙しい時期は夜8時半とかまで仕事があるんで、そういうときは家に帰って走るか、会社のトレーニング施設で身体動かすかくらいしかできません。

――朝8時半から仕事を始めて、夜8時半まで! 定時の5時半には終わらないのですか!?

伊藤終わんないです。たいてい残業が2時間、3時間あります。時期にもよりますけど、発注がそれだけあるので。

――じゃあ日勤の日でも稽古できない!

伊藤日進支部は常設道場ではなくて、いろんな公共施設(公民館など)を借りて練習してるんです。で、月曜・木曜に借りているところはけっこう遅くまで使えるんです。畳を自分たちで敷いて、自分たちで片づけるかたちで。夜7時半から9時半が一般部なんですけど、それが終わってからも、やりたい人は残って、スパーリングやミット打ちをしているんです。だから、自分が8時くらいまでに会社終わったときは、高速に乗れば1時間くらいでそこに着くんで、9時か9時半から1時間半くらいは稽古できるんです。11時くらいまで。

――えっ! 高速に1時間も乗って道場に行くんですか…。

伊藤会社は岡崎市にあって、日進支部は日進市と長久手市と豊明市で活動していて、月木は豊明市なので。岡崎市から自宅のある豊田市を越えて、豊明市、日進市、三好市があって、その先に長久手があります。会社から家までが20キロで、家から豊明までが20キロくらいでしょうか。

――じゃあ、家に帰るのは何時に?

伊藤畳の片づけをして、家に着くのは1時とか…。

――で、朝は8:30始業だから、家を出るのは8時くらい?

伊藤朝は、いろんな工場の人が皆、出勤するから道が混むんで、7時くらいには家を出ないと。30分で帰れる距離が、行きは1時間掛かるので。

――それは大変だ…。そんな伊藤選手が全日本で上位に進出できるのは、日進支部の稽古内容に何か秘密が?

伊藤基本稽古を毎回行って、あとは移動稽古をやる日、各自シャドーをやってからミットでやりたいことを3分×4ラウンドくらいやる日があって、あとは対人の稽古…という内容ですね。

――ごく一般的な稽古内容ですね…。組み技はどのように行っているのですか?

伊藤「今日は組み技メインにしよう」という日もありますし「こうきたら、こう返す」みたいな指導を神山(信彦)支部長から受けてから、スパーを行う場合もあります。

――そこまでが定時稽古?

伊藤そうですね。2時間くらいの稽古で、月木はその後、自主練できますが、他の曜日は練習場の都合上、時間が限られていて、自主練はできません。

大会翌日は、大会を主催したチリ支部のはからいで、バスを借り切っての観光。訪問したワイン農場をバックに

――川下(義人・2015年240-クラス全日本王者)選手、杉浦(宗憲・2011年全日本無差別ベスト8)選手らが集まる?

伊藤そうですね。

――それだけ、レベルの高いメンバーがスパーで鎬を削っていれば技が磨かれますね。

伊藤そうです。

――杉浦選手はいつから空道を?

伊藤確か中学からだと思います。

――大谷高校とは関係なく?

伊藤そうです。

――川下選手は?

伊藤小1で日進支部に入って、大谷高校に入って、卒業後は、また日進支部で稽古しています。

――中学生はどうやって稽古を継続するのですか?

伊藤中学生は一般部で稽古します。

――体力的についていけるのですか?

伊藤メニューは大人と一緒ですが、スパーなどは中学生同士でやります。大人に混ざってやるときもありますが。和気あいあいとした雰囲気で稽古していますね。

――少年部で稽古していた子どもが中学生になったときに空道を継続できる環境を用意していることが、日進支部が全日本大会で〝優秀道場賞〟(所属選手がより多く、より上位に進出することによってポイントを得て、その多寡によって順位を決める)でナンバーワンに輝き続けた原動力なのかもしれませんね。ところで、大谷高校空道部の卒業生は、どれくらいの割合で空道を続けるのですか?

伊藤卒業後、形式上、籍は置くけど、けっきょく、仕事で忙しかったり、大学に入って他に楽しい遊びがあったりで、稽古できずに辞めていってしまうパターンが多いです。

――では、やはり、長時間のライン作業をこなしながら稽古を継続している伊藤選手が、格別に頑張っている存在なんですね。

伊藤頑張っている方かな、とは思います(微笑)。

――さて、今回の試合ですが、どんな感想を?

伊藤全部ダメでした。記憶にないので、ビデオ観ないと、全然ダメだった記憶しかない。顔面突きなしルール時代のような、久しぶりの感覚で。

――みんな突っ込んできますからね。大会前日には、日本からの招待選手ということでサイン攻めに遭っていましたけど、プレッシャーはあった?

伊藤試合するまでは、そんなにあっさり負けらんねぇなと思ってました。負けてからは、サイン書いたからとかじゃなく、ただただ、悔しいだけですね……。

――外国人との試合は今回が初めて?

伊藤いえ。2014年7月の韓国での国際大会に出場していますので。決勝まで行って、キム選手に負けました。あと、初めて全日本選手権に出場したとき、8キロ減量して体力別-250クラスにエントリーしたんですが、2回戦で(アレクセイ・)コノネンコ先輩に30秒で腕絡みを極められました。

――あぁ、あのマウントポジションのまま、捻じるヤツですね。「あれで極まるんだ!?」ってビックリしました。

伊藤メキメキメキッて。自分はローを1発出しただけで、タックル合わされて、その後も足払いで倒され、マウントされ、効果取られて、極められて…。

――では、その頃からは、成長したんじゃないですか? 今、課題に感じることは?

伊藤今回、途中で完全にスタミナが切れてしまったので、大谷(高校)の部活みたいな練習をもっとやらなきゃな、と。

――高校時代の追い込み練習でつけた体力の貯金も、1~2年経てばなくなりますもんね。

伊藤はい。

――今後の目標は?

伊藤全日本で優勝したいです。ただ、今の稽古量だと無理だと思うので、生活環境をなんとかしたいと思います。

――山田選手、加藤(和徳)選手、渡部選手…と高い壁を越えていかねばなりませんね。

伊藤押忍!